亡き父の言葉を思い出しました


お正月2日の今日は朝から箱根駅伝をみて結果を見届けて、またいつも通りに本をおともに珈琲を飲みに出掛けてきました。

今、読んでいる本の中にお皿を割ってしまった主人公がお皿の持ち主に謝ると『この器は、そういう運命だったのよ、気にしないで』と言われて気持ちが救われる場面がある。


そういえば、同じような言葉を父から言われたことを思い出しました。

私がまだ小学4年生くらいの時に、庭で一人でソフトポールを真上に投げてグローブで受け止める練習をしていました。

地域のソフトポールチームにはいっていてその日も夏休み中の練習を終えて帰宅してからも外が暗くなるまで一人で練習をしていました。

ボールを取りそこねて玄関の横の台所の窓ガラスにボールが当たってしまって割ってしまいました。

それまで一度も、家の中のものを壊した経験もありませんでした。

父は厳格な人で特に食事やあいさつなどのしつけに関してはとても細かく言われました。

姉たちもいつも父にいろいろなことで注意を受けていたので父の怖さはわかっています。

その窓ガラスを割った瞬間、父に叱られる!どうしよう!とあわてました。

仕事から帰ってきた母に報告すると「謝るしかないよ」と言われ、父の帰宅をドキドキしながら待ちました。

その頃の我が家には網戸がなかったので、母がその割ってしまった窓に新聞紙を張ってくれました。

帰ってくる父には、家に入る前に窓ガラスが割られていることは当然わかります。

私は玄関の外に座って父の帰ってくるのを待ちました。

父のバイクの音が聞こえた瞬間、ピシッと立ちお帰りなさいの前に、窓ガラスを割ってしまったことを謝りました。

家に入れてもらえないかも!!

父からは『形あるものは必ず壊れるものなんだよ、おまえがけがをしていないなら良かったよ』『すぐには直せないから、時々、新聞紙の張り直しをしなさい』と言われました。

叱られると思っていたから、ほっとして大泣きをしたことを覚えています。

その夏は窓ガラスは直されることなく、母と一緒に新聞紙で何度か張り直しをしました。

父の言いたかったこと、今ならわかる気がします。

子供たちが自分でするべきことを怠ると叱り、わざとしたことではないことはちゃんとわかってくれた、でもちゃんと自分がしたことは自分で受け止めろと言うことでしょうか。

ふっと本の中のその文を読み父を思い出しました。

四年前に亡くなった父親が45年前に私に言ってくれた言葉です。

私はもう自分の子育ては終りましたが、もっと早くこの言葉を思い出していたら、自分の子供になにか伝えてあげられるものがあったような気がします。

遠方の実家にお正月で集まっている姉たちにそのことを確認すると『おとうさんは末っ子のあなたには甘かったのよ』と一言で終わらされました。

おとうさんの言葉はちゃんと私にとどいてますよ。

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